今月も様々なクリスマスコンサートに参加していますが、昨日は毎年恒例、la萌dieのクリスマスコンサート第2夜でした。今年は20周年にあたるそうで、私自身も15年以上続けているかもしれません。
年々忙しく、リハーサルもなかなか参加できず短い時間のお付き合いになっていますが、今年もまた聖なる一夜をご一緒させていただくことができて感謝しています。
第1夜の法然院では紅葉の盛り、各部屋から見える庭景色が見事で感激しましたが、高槻のカトリック教会はやはり本拠地。響きや空気感が別世界で、ここでしか聴けない音楽ってあるんだなーと思います。
今回のプログラムで良かった曲は
Dinos,madre del donsel(Triana スペイン15世紀)
O magnum mysterium(Morten Lauridsen)
Mother of God, here I stand(John Tavener)
どれもこの世のものとは思えない美しさで胸を打たれました。
O magnumはめちゃくちゃ難しそうでしたが、限りなく崇高で音の中に神が見える気がしました。
Mother of Godは、死と隣り合わせにある、切実な「生」の喜び・・みたいなものを感じました。
実は父がこの日、(キリスト教の)受洗をしたのですが、10年ほど前に母が受洗し、そして今父が・・・・音楽を聴きながらこれまでのいろいろなことを考えると思わず涙が溢れそうになって困りました。
こういう本当に素晴らしい曲を聞くと、もう自分で作曲なんてする気も失せるし、何の価値もない気がしてしまいます。
で、どーんと打ちのめされながらも、でもやっぱりあきらめきれない気持ちなったりします。
この日のために1年かけて練習してきたメンバーの皆さんや松井智恵さんの真摯な姿勢と、音楽の深さに触れ、会場を包むろうそくの灯りと会場の皆で歌う聖しこの夜に、今までの自分を省み、来年もまた私も一からがんばろう!と思えます。
コンサートを終え、帰宅するとある方からメールが届いていました。
今日奏で聴いた音楽を思い、過去や未来を思い、 言葉ひとつひとつが心に刻まれました。
「(前略・・・)
人生は、いつも決断を迫られているようなものです。
若い時に自己とは 何かと問う場合は、自分の将来に対する期待と不安があります。
歳を重ねてから一つの決断をする場合には、永い将来ではなく人生の締めくくりと直面しています。自己と言う存在が無くなる……暗黒の不安?とでも言うのでしょうか。
人は、若くて健康で、仕事や友人に囲まれ、生き甲斐を持って平穏な生活 ができている時に、必ず訪れる自分の死などは考えません。
問題は、年老いて肉体的にも精神的にも経済的にも人間関係も総て中で失われてゆく現実の中にも希望を持てる事です。
クリスマスは、まさにその希望が実現した「良きおとずれ」の日です。
キリスト(救い主)は、暗黒の世界に光を与えてくださいました。人間の根源 的な罪を購う目的のために誕生してくださったのです。
お父さんが、このキリストにご自身を委ねて歩まれる新しい人生は、キリストと共に歩む人生になります。
人間的な弱さや脆さも抱えている事柄が全部ゼロになるのではありません。
その弱さこそ、私たちを真実な神様と自分とを向き合わせてくれるのです。
お父さんにおめでとうございますと、お伝えください。」
追伸
シャナヒーで演奏している「マリア」の別バージョン(?)のコーラスバージョンも今回歌ってくださいました。
高槻の本番がとても美しくて感激しました。本当にありがとうございました。
